朝方まで降っていた雨のせいで、外の空気はしっとりと涼しかった。  鳴海家の縁側には、湯気を立てるカップと、胡坐をかいた春樹。そしてその隣でマグカップを両手で持ちながら、未咲が嬉しそうに笑っていた。 「それでね、春くん。花恋ったら私のこと“うざい”って言ったんだよ? “姉面すんな”って! 姉面っていうか、私は姉なのに!」 「……お前、それ笑いながら言うセリフちゃうやろ」  春樹はゆっくりとコーヒーを啜りながら目を細めた。花恋の辛辣さは今に始まったことじゃないが、未咲がけらけらと嬉しそうに笑う意味が分からない。 「だって、言葉は棘だらけだけど態度がね、完全に甘えてるというか……分かる? 私がちょっと気が逸れると“未咲、妹の話ちゃんと聞いて!”とか“なんで構ってくれないの!”とか言ってくるんだもん。……まあ、基本はツンツンなんだけどね」 「花恋ちゃんも相変わらずやなぁ。花恋ちゃんのこと大好きなんやな。それも相変わらず」  春樹が呆れたように言った言葉に、未咲は当たり前のように笑って言った。 「うん、好きだよ。好きだけじゃないけどね。許せないところもあるけど、好き。家族だもん」  許せないところ。春樹はその言葉が引っかかった。だが、未咲の“家族観”が複雑であることは未咲が語る家族小説の感想から滲み出ていたので、春樹はまた静かにコーヒーを飲んだ。 「許せんのに好きって、それはまた複雑やね」 「許せなくても、好き。家族ってそういうものじゃない? どうしたって、突き放せない。受け入れざるを得ない。受け入れたくて、受け入れられたくて、でも、現実はそうじゃない」  その“家族”のなかには、きっと自分は含まれていないだろう。未咲とは未咲が小学生の頃からの付き合いだが、“家族”と言ってしまうには足りない。しかし、他人というには近い。友人というには愛がありすぎる。 「でもね、春くん。私、花恋が冷たくてもワガママでも優しくても気まぐれでも何でもでもいいの。可愛くて仕方ないの。たまに“お姉ちゃん”って呼ばれただけでその日一日幸せだし……“未咲”って呼び捨てされても“お前”って名前すら呼ばれなくても、嬉しいんだよ。変かな?」 「変ではないやろうけど、だいぶ重症やな」 「うん、認めます。だいぶシスコンだって自覚があるの」  春樹はわざとらしく溜息を吐いたあと、肩を竦めた。 「まあでも、花恋ちゃんも“そこらの姉妹より仲は良い方ですね”とか言うとったし、仲が良いのは間違いないな」 「花恋、そんなこと言ってたの? 照れちゃうな」  縁側に未咲の笑い声が響き、それを聞きつけた小舟がのそのそと座敷から出てきて依子の腰あたりに身を預けて丸くなった。  未咲は家族というものに対して、特別で拗れた意識を抱いているのだろう。時折零される本音であり、一般的には拗らせていると言われがちな考えを未咲は春樹にだけぽつりと溢す。それを受け取る瞬間は春樹にとって特別なものだった。  ――そんな未咲の姿を、春樹はずっと変わらず眺めている。

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